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京都地方裁判所 平成3年(行ウ)18号 判決

原告

八木昭一

右訴訟代理人弁護士

小槻浩史

浅野則明

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

被告

石井奏

被告

立石昭三

被告

前川治郎

右四名訴訟代理人弁護士

小澤義彦

主文

一  被告国は、原告に対し、金五八万六九〇〇円及びこれに平成三年六月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告国に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求は、いずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を被告国の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは連帯して、原告に対し、金三三〇万円及びこれに対する平成三年六月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、国の公務員である被告石井、同立石及び同前川ら三名(以下、被告石井らという)が、共謀の上、原告のした年次休暇の承認申請に対し、右申請の受理ないし右申請にかかる承認を拒否し、不当な健康診断の受診を強要したとして、右被告石井らに対し、不法行為に基づく損害賠償を、被告国に対し、国家賠償を求めた事案である。

二  前提事実(争いがない事実)

1  被告国は、滋賀県滋賀郡〈町名等略〉に、国立療養所比良病院(以下、比良病院という)を設置し管理している。比良病院には、診療科として内科、循環器科、外科、呼吸器外科、歯科の五科があり、医師は七名である。

2  原告は、昭和五一年三月奈良県立医大を卒業、医師免許取得後国立京都病院に研修医、レジデント(内科系)として勤務し、昭和五六年一一月比良病院に採用されたが、昭和六〇年三月一旦退職し、昭和六一年二月一五日付で比良病院に再度採用され、内科医として現在まで勤務している。

そして、一般職の職員の給与等に関する法律(以下、給与法という)一四条の三に基づく年次休暇の権利を有する者である。

3  平成二年当時、被告石井は比良病院院長、被告立石は副院長、被告前川は内科医長であり、被告石井は、年次休暇の承認権を有し、被告立石は、被告石井に事故のある場合に限り、年次休暇承認権を有する者であった。

三  争点

1(一)  被告石井らが、原告がした年次休暇の承認申請に対し、右申請の受理ないし右申請にかかる承認を拒否したか。

(二)  これが肯定できるとして、右拒否した行為は、原告の年次休暇承認請求権を侵害するものとして、違法であるか。それとも、医師の職務の特殊性から違法でないといえるか。

(三)  右拒否した行為が違法であるとして、右年次休暇の事後承認によって、右違法の瑕疵は治癒されるか。

2  被告石井らが、原告に対し健康診断の受診を強要したか。この行為は違法であるか。

3  原告の損害額

4  被告国の責任と被告石井らの責任。

四  争点に関する当事者の主張

1  原告

(一) 被告前川は内科医長として、被告立石は副院長として、被告石井から年次休暇承認権限を委任され、比良病院における年次休暇申請の窓口になっていた。

原告は、以下のとおり、年次休暇の承認申請をしたところ、被告石井らは共謀の上、申請を受理せず、承認もせず、時季変更権も行使せず、事実上原告の承認申請につきその承認を拒否した。

(1) 平成二年五月三〇日、同日午後の年次休暇申請書(以下、申請書という)を被告前川に提出したが、突き返された。

(2) 同年六月六日、同日午後の申請書を被告前川に提出したが、突き返された。

(3) 同月一二日、翌一三日午後の申請書を被告前川に提出したが、受理を拒否された。

(4) 同月一九日、翌二〇日午後の申請書を被告石井に提出したが、受理を拒否された。

(5) 同月二五日、同月二七日午後の申請書を被告石井に提出したが、受理を拒否された。そこで、同月二六日午後、再度同月二七日午後の申請書を被告前川に提出したが、突き返された。

(6) 同年七月三日、翌四日午後の申請書を被告前川に提出したが、突き返された。

(7) 同月四日、翌五日午後の申請書を被告前川に提出したが、突き返された。

(8) 同月一〇日、翌一一日午後の申請書を被告前川に提出したが、被告立石から拒否された。

(9) 同月一六日、同月一八日午後の申請書を被告立石に提出したが、承認するといわれなかった。

原告は、同年六月一三日と同月二〇日については休暇をとることを諦め、その余の日は、申請と(ママ)おり比良病院において勤務しなかった。そして、被告石井らにおいて、これらの日について、同年七月二六日、原告の年次休暇として事後承認された。

このように、被告石井らは、原告の年次休暇申請の受理を拒否し、申請書を突き返し、右申請にかかる休暇予定日までに承認も不承認もせず、原告の年次休暇取得を拒否した。

原告が年次休暇を申請した日時には、比良病院として公務の運営に支障があった訳ではなく、医師として必要な指示も看護婦にしていた。

したがって、被告石井らの前記行為は、原告の年次休暇請求権を侵害し、年次休暇の取得を拒否したもので、公権力の行使に当たる公務員としての違法な職務行為である。

(二) 被告石井らは、共謀の上、平成二年二月一九日、同年三月五日に、原告に対し、健康診断の受診を強要した。原告がこれを強く拒否したところ、同月一五日には、原告が受診を拒否する理由を文書で回答するよう求め、原告の回答後も、同月一九日、二〇日、二九日と健康診断の受診を強要した。

定期健康診断で異常のない原告に対し、法律上の根拠のない受診の強要は、原告に対する嫌がらせ目的の行為であって、公権力の行使に当たる公務員としての違法な職務行為である。

(三) 被告石井らの前記各行為によって、原告は、次のとおり、総額金三五三万六九〇〇円の損害を被った。

原告は、被告石井らの年次休暇申請拒否及び同取得拒否に対抗するため、原告代理人に依頼して、年次休暇としての取扱を要求する内容証明郵便を発し、調停を申し立てた。その内容証明作成費用として金三万〇九〇〇円、調停事件の着手金として金二〇万六〇〇〇円を、原告代理人に支払った。

また、原告の被った精神的苦痛を金銭的に評価すると、金三〇〇万円が相当である。

本件訴訟の弁護士費用として、金三〇万円が相当である。

(四) 被告石井らは、公権力の行使に当たる公務員として前記のとおり違法な職務行為を行ったのであるから、被告国は、原告に対して国家賠償法一条一項により賠償責任を負う。

被告石井らは、原告に対する嫌がらせ目的で前記行為を行ったもので、故意又は重過失によるものであるから、民法七〇九条により、賠償責任を負う。

2  被告

(一) 被告国の職員である医師の年次休暇については、医師が医療を掌っている(端的にいえば患者の生命を預かっている)という職務の性質上一般の公務員とは異なった特別の配慮が必要とされる。例えば、病院勤務の医師の場合、通常主治医として一定数の入院及び通院患者を担当しているが、担当患者の症状が重篤で眼が離せないような場合は年休をとるのを差し控えるとか、そうでない場合でも、担当患者の症状等につき当直医その他の在勤の医師に十分申し継ぎをした上で(このような、申し継ぎを受ける医師を代理医という)年休をとるなどのことがそれであって、広くわが国の医療上の慣行としても定着している。これらの配慮はいわば法律以前の問題として医師の倫理上当然に要請される事柄に属するとともに、年次休暇の申請を不承認とする事由である「公務の運営に支障があるか否か」を判断するに当たっても十分に考慮されなければならない。

比良病院勤務の医師の場合、年次休暇の申請は、医長である被告前川を通じて提出されることになっている。原告の年次休暇承認申請の状況は次のとおりである。

(1) 平成二年五月三〇日午後の半日休暇は、当日原告から被告前川に対し申請書の提出があり、被告前川が原告に対し、代理医を確保し申し継ぎをきちんとするようにと指導したが、原告はこれに従わず、申し継ぎをしないまま、休暇をとった。

(2) 同年六月六日午後の半日休暇の申請書は、前日の五日に原告から被告前川に提出され、被告前川が同様の指導をしたが、原告は聞き入れず、代理医に対する申し継ぎをしないまま休暇をとった。

(3) 同年六月一三日と二〇日の両日については、原告から申請書が提出された事実はない。

(4) 同年六月二七日午後の半日休暇については、原告から被告前川に対して申請書の提出があり、被告前川において前記と同様の指導をしたところ、原告は申請書を持ち帰った。

(5) 同年七月四日午後及び五日午後の各半日休暇については、(4)の場合と同様である。

(6) 同年七月一一日午後の半日休暇については、原告から同月九日に被告前川に対し申請書の提出があったが、原告の指導に手を焼いた被告前川が副院長である被告立石のところへ提出するよう指示した結果、原告は右申請書を被告立石に対して提出した。被告立石も被告前川と同様の指導助言を行ったが、原告は聞き入れず、代理医に対する申し継ぎをすることなく休暇をとった。

(7) 同年七月一八日午後の半日休暇については、原告から同月一六日に申請書の提出があったほかは、前記(6)の経過と全く同様である。

以上のように、原告は上司の再三にわたる指導にもかかわらず医師の倫理としても当然に遵守されるべき代理医に対する担当患者の申し継ぎを頑なに拒否し続け、これを行なわなかったのであって、このことが公務の運営に支障を来すことは否定できず、年次休暇不承認の理由となり得るものであるが、被告石井は熟慮の結果、平成二年七月二六日、前記各年次休暇承認申請を承認することとしたのである。

このように、原告のした年次休暇承認申請は、すべて承認されているのである(平成二年六月一三日と二〇日の両日は、原告からの年次休暇承認申請はなされていないら、申請があったとはいえず、承認不承認の問題は生じない)から、原告の年次休暇承認請求権が侵害されていないことはいうまでもない。また、被告前川や被告立石が、原告の申請書を手元においたり、原告に返したりしたことも、医師として当然なすべき申し継ぎを全くしないために、原告の上司である右被告らが、年次休暇の承認に先立って右の申し継ぎをするよう原告を指導したところ、原告がこれを誤解し、年次休暇取得の拒否であると称して非難しているものである。

したがって、これをもって嫌がらせであるとか差別的取扱いであるとする余地はない。

(二) 被告石井が、被告立石及び被告前川立会いの上、平成二年二月一九日及び三月五日に、原告に対し、健康診断を受診するよう指導したこと、同月一五日、被告石井が原告に対し、受診を拒否する理由を文書で回答するよう求め、原告が同月一六日付けで回答したことは認めるが、その余は否認する。

原告は極めて自己中心的で協調性を欠き、前記(一)の申し継ぎの場合に見られるように上司の指導や同僚の助言に全く耳を貸さず、医師にあるまじき暴言を所構わず吐くこと、重要な会議である医局会への出席を拒み出頭命令にも従わず、白衣の背中にマジックで名前を大書し院内を歩き、病棟の看護婦からの患者の病状悪化を告げる呼出しにもなかなか応じないこと等、常識では理解できないことが度重なったため、院長である被告石井において原告の身心の健康に疑問を抱き、健康診断を受けるよう指導したものであって、いやがらせなどというものでは全くない。

院長は、厚生大臣から委任を受けた施設の長として、職員の定期の健康診断を義務づけられている(人事院規則一〇―四第二〇条)ほか、必要と認める場合は臨時に健康診断を行うことができる(同規則第二一条)のであるから、被告石井の前記指導が適法であってし意的なものでないことは明らかである。

(三) 原告の損害については争う。

(四) 被告国の責任は争う。

本件訴訟は、年次休暇の承認及び職員の健康管理といういずれも国の公権力の行使に当たる公務員の職務行為をめぐる損害賠償請求事件であるから、その行為については国が責任を負い、公務員たる被告石井らは責任を負わない。

第三争点に対する判断

一  前提事実の認定

証拠によれば、以下の事実が認められる。

1  比良病院における年次休暇を取得するための手続は、次のとおりである。

年次休暇を取得しようとする者は、「休暇承認申請書」に年次休暇を取得しようとする期間を記入し、署名・押印した上、医長である被告前川か、副院長である被告立石に提出する。その申請書を受け取った被告前川又は被告立石は、主任班長欄に押印し、庶務係へ持って行き、以降、決裁欄記載の肩書の担当者(病院長たる被告石井、副院長たる被告立石を含む)が順次その申請書を回覧し、決裁印を押印する。全ての決裁者から決裁を得れば、正式にその年次休暇は承認され、その後、勤務時間報告書・出勤簿上にも年次休暇を取得した旨が記載される。

年次休暇申請者は、被告前川又は被告立石が受理すれば、年次休暇を承認されたものと考えて、申請した期間の年次休暇をとればよく、特に全ての決裁者から決裁を得たか否か、勤務時間報告書・出勤簿上で年次休暇申請が承認されたか確認する必要はないし、通知もない。また、実際上も、過去において被告前川ないし被告立石が申請書を受理した場合、他の決裁者から、その決裁を拒絶された事実はない。(〈証拠・人証略〉)

2  平成元年四月ころまで、比良病院においては、申請書を提出すれば年次休暇をとることができた。しかし、被告石井が病院長に就任した平成元年四月ころから、医師が年次休暇を申請するには代理医が必要といわれだし、同年七月ころ以降は、原告が年次休暇の申請を行った際にも、被告前川や被告石井から、休暇中に受持患者を誰が診るかと質問されるようになっていた。

被告石井らが、このように原告の年次休暇申請に対し、代理医を要求するようになったのは、元来病院の医師は、多くの入院患者を預かっているため、休暇を取る場合には、同僚の医師に後事を託し、不在時の万全を期するのが医師として常識であると考えていたが、原告の場合、患者の容体にかかわらず、年次休暇をとると被告石井らが考えていたためである。そのため、被告前川は、年次休暇の申請に当たって代理医が確保され、不在時の準備が整っていると判断できる場合には、申請書を受理し、主任班長欄に押印して庶務係に渡すが、準備万端整っていないと判断したときは、整えるように指導し、申請書を返すことにしていた。

しかし、平成二年五月二三日の年次休暇分までは、原告が申請書を被告前川に提出すると受理されていたが、これは被告前川が、原告の代理医となっていたためである。

(〈証拠・人証略〉)

3  原告は、平成二年五月三〇日、被告前川に同日午後の年次休暇の申請書を提出した(この点は争いがない)が、被告前川は、受け持ち患者を誰が診るのか、代理医をたてて申し継ぎをしない限り休暇を認めないと述べながら、その申請書を原告に突き返した。原告は被告前川に代理医になってくれるよう頼んだが断わられ、被告石井に申請してくれといわれたので、被告石井に申請書を持っていったところ、被告石井から、被告前川に申請せよと拒否された。そこで、再び被告前川に申請したが、被告前川は、申請用紙を院長室に持って行き、戻って来て原告の机に置いて去った。原告は、再び被告石井のところへ申請書を持って行ったが、被告石井は被告前川の判を貰えといって受け取ってもらえなかった。

原告は、やむなくその申請書を被告前川の机の上に置き、原告が関係する病棟等に午後年次休暇を取る事を告げ、事務室に事情を話して病院を出た。(〈証拠・人証略〉)

4  原告は、同年六月五日、翌六日午後の年次休暇を取るため申請用紙を被告前川に提出した(この点は争いがない)が、被告前川は、前記五月三〇日同様、その申請書を原告に突き返した。原告は、同月六日正午ころ、医局にいた被告立石に対し、本日午後の年次休暇を認めて欲しいと言ったが、被告前川に言ってくれと返答され申請を無視されたので、やむを得ずその申請書を被告前川の机の上に置き、そのまま病院を出た。(〈証拠・人証略〉)

5  原告は、同月七日、レントゲン事務室で被告前川に年次休暇を認めない理由を聞いたところ、被告前川は、年次休暇取得の間の代理医を見つければ承認するが、そうでないと承認することはできないと言った。そこで、原告が被告前川に原告の代理医になってほしいと頼むと、被告前川は断ると言った。(〈証拠略〉)

6  原告は、同月一二日、被告前川に、翌一三日午後の年次休暇の申請書を提出したが、受理を拒否された。被告前川が、代理医がいないと年次休暇を認めるなと言ったのは被告石井であると言ったので、同日午前一一時頃、被告石井になぜ代理医がいないと年次休暇を認めないかと聞いたが、全く原告の言葉を無視し続けたため、五月三〇日以降の年次休暇についても無断欠勤とされて何らかの処分の対象にされるのではと危惧し、同日午後の年次休暇を取るのをあきらめ、同日午後一時、医局会に出席した。この医局会において、被告石井は、「年次休暇は認めなければいけない。しかし代理医がいなければ取ることができない。」と言ったので、原告は、年次休暇を自由に取れない事になり認めている事にはならないと言ったが、被告石井は「先ず代理医を見つけて来い。そうしたら認めてやる。この中でお前の代理医になる人はおらんわい。」と嘲笑した。この頃、原告は、飯田医師が被告前川、被告石井から、原告の代理医になるように頼まれたら断れと言われていることを聞き、また、代理医を飯田医師や他の医師にも依頼したが断られた。(〈証拠・人証略〉)

7  原告は、同月一九日、被告石井に、翌二〇日午後の年次休暇の申請書を提出し、代理医になって欲しいと頼んだが、拒否された。被告立石、被告前川にも代理医となってくれるよう依頼したが拒否されたため、無断欠勤と扱われ何らかの処分の対象とされることを恐れて、年次休暇を取るのをあきらめ、申請書を持ち帰り、同日午後も比良病院において勤務した。(〈証拠・人証略〉)

8  原告は、同月二五日、被告石井に、同月二七日午後の年次休暇の申請書を提出し、代理医の方をよろしく頼むと言ったが、受理を拒否された。

同月二六日、医局会終了後、翌二七日午後の年次休暇の申請書を被告前川に提出した(この点は争いがない)が、被告前川は、これを受理せず、代理医の確保ができないとして二七日に原告に申請書を返したため、原告が持ち帰った。

原告は、年次休暇を取るのは当然の権利だとしてこの日(同月二七日)の午後年次休暇を取ったが、申請書の受理もないまま、年次休暇を取ったことから何らかの処分の対象とされるのではと不安になり、弁護士に相談し、今までの病院側の考えをはっきりさせるため、原告代理人を通じて、被告石井及び被告前川に対し、平成二年七月四日送達の内容証明郵便にて、同年五月三〇日、同年六月六日、同月二七日の申請済みの休暇について速やかに年次休暇として取扱うこと及び今後の年次休暇の承認申請の速やかな受理を要求した。(〈証拠・人証略〉)

9  原告は、同年七月三日に同月四日午後の年次休暇の、同月四日に同月五日午後の年次休暇の各申請書を被告前川に提出した(この点は争いがない)が、両日とも代理医の確保ができていないとして受理を拒否され、やむなくそれらの申請書を持ち帰ったが、比良病院において勤務しなかった。(〈証拠・人証略〉)

10  原告は、同月九日、被告前川に、同月一一日午後の年次休暇の申請書を提出しようとしたところ、年次休暇のことは立石に任せたといわれたため、被告立石に対して申請書を提出し(この点は争いがない)、年次休暇を承認して欲しいといったが、被告立石は、申請書を預かっただけで承認するとはいわなかった。しかし、原告は比良病院で勤務しなかった。(〈証拠・人証略〉)

11  原告は、同月一六日、被告立石に、同月一八日午後の年次休暇の申請書を提出した(この点は争いがない)が、被告立石は、申請書を預かっただけで年次休暇を認めるとはいわなかった。

同月一六日午後一時、医師・婦長会議が開かれたが、その席で被告石井は、「年次休暇は認めなければならないので、原告が年次休暇を取る時、その間の受け持ち患者を診なければならない場合、院長か副院長が診る。」と発言した。

原告は、同月一八日、飯田医師から同日午後の原告の年次休暇期間の代理医になると言われたので、同日午後、比良病院において勤務しなかった。(〈証拠・人証略〉)

12  原告は、年次休暇取得の処理が行われているのか気になり、同月一九日、庶務の足立係長に聞いたところ、取得は承認されていなかった。そこで、原告は、同月二三日、被告石井らを相手方として、大津簡易裁判所に対し、「相手方らは、原告に対し、平成二年五月三〇日、同年六月六日、同月二七日、同年七月四日、同月五日、同月一一日、同月一八日の年次休暇を取得したものとして取扱うこと」を申立の趣旨として、調停の申立をした。(〈証拠・人証略〉)

13  以上の原告が比良病院において実際に勤務しなかった期間について、平成二年七月二六日、ようやく年次休暇取得が一括して承認された(この点は争いがない)。なお、このように、年次休暇取得に関する紛争は、比良病院においてこれまで生じたことはなかった。(〈証拠・人証略〉)

14  平成二年二月一九日、原告は、院長室で、被告立石及び被告前川同席の上で、被告石井から、健康診断の受診を要求された(この点は争いがない)。その際、被告石井は、「君はどこか体は悪くないか。一度健康診断を受けたらどうか。お前が臨床医に向いていないと言うのも皆だ。お前は自分が健康であるのが分かるのか。それだから皆が困っている。」などと、精神鑑定を含む健康診断を受診するよう述べた。また、同年三月五日にも、被告石井は原告に対し、同様に健康診断を受診するよう述べた(この点は争いがない)。さらに、同月一五日には、被告石井は、質問書と題する書面で、健康診断の受診を拒否する理由を翌日の午後五時までに文書で回答せよと要求した(この点は争いがない)。これに対し原告は、翌一六日、定期健康診断で異常はなく、受診は不必要である趣旨の回答をした(この点は争いがない)が、被告石井は、同月一九日の医局会の症例検討においても原告の担当した患者の症例を取り上げて健康診断を受けることを求め、翌二〇日及び同月二九日にも、院長室で原告に健康診断を受けるように告げた。また、このころ、被告石井及び被告立石は、原告の父親にも電話して、原告が医師として不適格だから健康診断を受けるように説得してほしい、また、病院を退職するように説得してほしいと告げた。(〈証拠・人証略〉)

15  被告石井において、原告に対して健康診断の受診を要求した理由は、原告は極めて自己中心的で協調性を欠き、医局会等における上司の指導や同僚の助言に全く耳を貸さず、医師にあるまじき暴言を吐くこと、白衣の背中にマジックで名前を大書して院内を歩き、病棟の看護婦からの患者の病状悪化を告げる呼出しにもなかなか応じないこと等の事実が存在するとの前提に立ち、医師としての原告の身心の健康に疑問を抱いたためである。

なお、原告は、定期健康診断において特に異常があると指摘された形跡はない。

16  被告石井は、厚生省健康安全管理規程二条により、比良病院長として、職員の健康の保持及び安全確保に関する権限を有している。(〈証拠略〉)

二  争点1について

1  前記認定事実によると、被告前川ないし被告立石は、比良病院における年次休暇申請の窓口になっており、同被告らにおいて、休暇期間中の代理医の確保等後事を託せるよう準備万端ととのっているかを判断し、その判断に従って申請書が受理された場合には、承認権者である被告石井まで決裁権者の決裁が得られ、承認されることになるが、準備が整ってないと判断された場合には申請書が受理されず、実質的に不承認と同様の結果が生じていることが認められる。したがって、右被告両名において、年次休暇の承認権を実質的に行使しているものというべきである。

そして、前提事実によると、本来の承認権者は被告石井であるが、前記認定事実に照らすと、同被告においても、右被告両名の前記判断行為を認識しながらこれを是認していることは明らかであるから、被告前川及び被告立石は、年次休暇承認権を被告石井から黙示的に委ねられ、被告石井と意思を通じてこれを行使していると認めるのが相当である。

2  前記認定事実によると、被告石井らは、原告の提出した年次休暇の申請書を、受理せず(平成二年六月一三日分、同月二〇日分、同年七月四日分、同月五日分)、一旦受理したうえで突き返し(同年五月三〇日分、同年六月六日分、同月二七日分)、預かったまま承認、不承認の判断をしないまま放置(同月一一日分、同月一八日分)するなどしていることが認められる。

ところで、給与法一四条の三第四項は、「年次休暇については、その時期につき、各庁の長又はその委任を受けた者の承認を受けなければならない。この場合において、各庁の長又はその委任を受けた者は、公務の運営に支障がある場合を除き、これを承認しなければならない。」と規定し、年次休暇につき承認制を採用しながら、休暇を不承認とする事由については「公務の運営に支障がある」場合に限定している。

そして、人事院規則一五―一一第九条二項は、「前項の請求があった場合においては、各庁の長は速やかに承認するかどうかを決定し、当該職員に対して当該決定を通知するものとする。」と定めている。

したがって、年次休暇の承認請求がなされた場合には、これを受理するのは当然であり、しかも速やかに承認するか否かを決定しなければならないのである。しかるに、被告石井らは、前示のとおり、原告の承認請求を受理せず、突き返し、承認不承認の決定をしないまま放置していたのであるから、原告の年次休暇承認請求権を侵害したものとしてかかる行為は違法といわざるをえない。

3  被告らは、医師としての職務の特殊性から、年次休暇期間中の代理医の確保をするよう指導するため申請書を返すなどしたもので、違法性がないと主張する。

しかし、前認定の被告石井らの言動、これに対する原告の対応に照らしても、被告らの行為が原告に対する指導の域をでない行為であるとは到底認められない。

確かに、原告のような病院勤務の医師の場合、被告らの主張のように休暇期間中の代理医の確保が望ましいことは否定できないが、これが当時の比良病院において医師が年次休暇を申請する場合の慣行になっていたとの事実を認めるに足りる証拠はなく、医師のモラルとして代理医の確保が要請されることがあるとしても、法律上年次休暇申請の場合の要件と解することはできない。他の医師のみで患者の急変等に対処できないような状況であれば、申請を受理したうえで、公務の運営に支障があるとして年次休暇申請を不承認とすべきである。

4  被告らは、また、原告の申請した年次休暇は全て事後に承認されたから、年次休暇承認請求権は何ら侵害されていないと主張する。

しかし、本件のように事前に承認申請がなされた場合、休暇予定日の事前に承認するか否かを決定し、職員にその旨を通知すべきであることは前示のとおりであって、いずれとも決しないまま放置し、休暇予定日経過後に承認したとしても、その間承認を怠った点で違法と評価されることは当然である。

5  以上のとおりであるから、被告石井らが、意思を相通じて、原告の年次休暇承認請求権を侵害した行為は、公権力の行使に当たる公務員の行為として(この点は争いがない)、違法と認められる。

二(ママ) 争点2について

1  前記認定事実によれば、被告石井らは、意思を相通じて、平成二年二月一九日から同年三月二九日までの間、原告に対し、精神鑑定を含む臨時の健康診断を受診するよう執拗に要求し、健康診断の受診を拒否する理由を文書で回答させたり、原告の父親にも電話して受診の説得を依頼するなどしており、その態様や方法が尋常さを欠いていることが認められる。そして、原告の定期健康診断結果に異常の認められないことに加え、厚生省健康安全管理規程に基づいて制定された国立療養所比良病院健康安全管理細則(〈証拠略〉)によれば、比良病院の長である被告石井は、右管理規程に基づき職員に対し臨時の健康診断を命じうる場合があるが、「特定の職場で体の異常を訴える者又は病気による休暇をとる者が多い場合」、「精神障害のため自身を傷つけ又は他の職員に危害をおよぼすおそれがある場合」などと定められており、前認定の被告石井の認識した前提事実は右場合に該当しないことなどを総合すると、被告石井らの右行為は、原告に対する嫌がらせであるととらざるをえない。

したがって、原告に対する被告石井らの右健康診断の受診の強要は、公権力の行使に当たる公務員の行為として(この点は争いがない)、違法と認められる。

2  被告らは、被告石井において、原告の心身の健康に疑問を持ち、健康診断を受けるよう指導したものであると主張する。

しかし、前認定の被告石井の認識した前提事実の存在自体明らかとはいいがたい点があるほか、仮に右前提事実が存在したとしても、それだけで精神鑑定を含む臨時の健康診断を命じうる根拠としては薄弱であり、健康診断の内容自体明らかではなく、到底指導行為とみることはできない。

3  そして、前記年次休暇承認申請に対する被告石井らの対応に加え、被告石井が平成二年三月五日から原告の比良病院における行動観察を行い、「勤務状態調」を作成していること(〈証拠・人証略〉)をも併せ考えると、被告石井らは、共謀して、原告を比良病院から退職させるため、健康診断の受診を強要し、年次休暇承認請求権を侵害したものと推認することができる。

原告の心身の故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれに耐えられないと判断するのであれば、健康診断の受診命令を発するべきであり、これに従わないのであれば、処分を検討すればよいのであって、本件の如く姑息な手段を取るべきではない。

三  争点3について

1  前認定のとおり、原告は、申請書の受理もないまま、年次休暇を取ったことから何らかの処分の対象とされるのではと不安になり、原告代理人に依頼して、平成二年七月四日、被告石井及び被告前川に対し、申請済みの休暇について速やかに年次休暇として取扱うこと等を内容とする内容証明郵便を発し、さらに、同月二三日、被告石井らを相手方として、大津簡易裁判所に対し、年次休暇を取得したものとして取扱うことを内容とする調停の申立をし、その費用として、前者につき三万〇九〇〇円、後者につき二〇万六〇〇〇円を支払ったことが認められる。この支出は、被告石井らが、違法に原告の年次休暇承認請求権を侵害したために要した費用として、原告の被った損害と認められる。

2  そして、前示年次休暇承認請求権の侵害と健康診断の受診強要という被告石井らの嫌がらせ行為により、原告が精神的苦痛を被ったであろうことは容易に推認することができる。そして各行為の態様、期間、結果的には大部分の年次休暇を取得していること等諸般の事情を総合すると、その慰藉料額として金三〇万円が相当である。

3  以上のとおり、原告の総損害は、五三万六九〇〇円である。そして、本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、本件の弁護士費用としては、金五万円が相当である。

四  争点4について

1  被告石井らは、公権力の行使に当たる公務員として前記のとおり違法な職務行為を行い原告に対して前記損害を与えたのであるから、被告国は、原告に対して国家賠償法一条一項によりその賠償責任を負う。

しかし、本件のような事実関係のもとにおいては、被告石井らは、個人としては責任を負わないものと解するのが相当である(最判昭和五三・一〇・二〇、民集三二巻七号一三六七頁参照)。

2  原告は、故意重過失のある被告石井らは民法七〇九条の責任を負担すると主張するが、独自の見解であって採用できない。

第四結論

以上のとおりであるから、被告国に対する請求は主文一項の限度で理由があるが、その余の請求は失当であり、被告石井らに対する請求は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 中村隆次 裁判官 河村浩)

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